週末にオットとふたりで行く公園で、いつのまにか顔なじみになりました。
毛長で白と黒のブチの、とてもおっとりとしたおばあさんネコです。
もう、あんまり毛づくろいをしないためなのか、もじゃもじゃの汚い毛をしていましたが、どこか優しげな雰囲気のある、トロンとした目が印象的でした。
いつも彼女は、目の前にゴハンを置かれてもスグには食べず、私たちの足に体を擦り付けてきて、体を撫でてあげていると、いつまでも気持ち良さそうにじっとしているのです。
ゴハンを置いたままそんなことをしていると、どこからか他のネコ達が集まってきて、彼女にあげようとしたゴハンを、どんどん食べてしまいます。
でも彼女は、ゴハンを食べているネコ達のそばでしずかに見守り、お腹いっぱいになったネコ達が立ち去った後でやっと、「どれどれ、それじゃぁ私も頂こうかしらね…。」とでも言っているみたいに、食べ残されたゴハンを、ゆっくりゆっくり食べ始めるのです。
彼女はいつも、ほんの少ししかゴハンを食べませんでした。
「おばあちゃんだからかな?」と思っていたのですが、ある日たまたま持っていったイワシの缶詰は気に入ったらしく、いつもよりたくさん食べました。
彼女のお気に入りをみつけた私たちはその後、必ずイワシの缶詰を持って行くようになりました。ただ彼女は、大好きなイワシも、そんなにたくさんは食べませんでした。
そんな小食な彼女でしたが、或る日、いつもより、いえ、今まで見たこともないくらいの食欲で、まるまる1缶を全部、本当に美味しそうに食べきったのです。
食べ終わった彼女は、よほど満足したのか、私たちが見守る中、めずらしく長い時間をかけて丁寧に毛づくろいをし、悠然と林の中に姿を消しました。
彼女の姿を見たのは、それが最後です…。
その日以降、何度かイワシの缶詰を持って彼女に会いに行きましたが、彼女の姿を見かけることはありませんでした。
私たちは、きっと怪我でもしてしまい、どこかで保護されてるのかもしれないと思っていました。手術や怪我の為に保護されて、久しぶりに姿を見せるコが、少なからずいたからです。
その後しばらくしてから、公園ネコの事情通のTさんにお会いした時に、彼女の消息を聞いてみました。すると、Tさんも最近、ふっつり姿を見かけなくなったと言うのです。
Tさんは、「病気や怪我をしたのなら、どこかで私の目に入るはず。ネコは自分の死期を悟ると姿を消すと言われているので、彼女もきっと、ネコ本来の往生を遂げたのではないか。」と話されました。
私は、きっといつかまた公園で会えるかもしれないと、ずっとそう思っていましたので、もう二度と彼女には会えないと思うと、とてもとても悲しくなりました。
Tさんと別れたあと、最後に彼女が美味しそうにイワシを食べていた場所で、彼女の姿を思い出しながら、しばらくぼーっと海を見ていました。
その時にオットと私は、「救いは彼女が、病気や怪我をすることなく、ネコらしい姿の消しかたをしたこと、そして最後にあった時、お腹いっぱいイワシを食べてとても満足そうだったこと、だね…。」と話しました。
今でもたまに、ふっと彼女を思い出し、ふたりで彼女の思い出話しをしたりしています。
いま彼女はきっと、ジェリクルキャッツとして選ばれて行った天上の世界で、若い頃の綺麗な姿に戻り、仲間たちに囲まれて、楽しく暮らしているんだと思っています。
あるいは、もしかしたら、もともとは飼い猫のようでしたので、彼女を公園に置き去りにした飼い主を、恨むことなく、虹の橋でその人が、迎えに来るのを待っているのかもしれません…。
